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ガイドライン

厚生労働省「原発性免疫不全症候群に関する調査研究」班会議 WAS治療ガイドライン

1.背景
Wiskott-Aldrich 症候群 (WAS)はX染色体上のWASP遺伝子異常に起因し、血小板減少、 難治性湿疹、易感染性を三主徴とする原発性免疫不全症である。乳児期には出血が、その後は感染、 そして年長児や成人ではリンパ系悪性疾患などで死亡する頻度が極めて高い予後不良の疾患であり、 診断後可及的早期の造血幹細胞移植が望まれる。自己免疫性溶血性貧血などの自己免疫疾患の合併もみられ、 この合併例では悪性疾患の頻度が有意に高くなることが報告されている。WASの軽症型で血小板減少症のみを 呈するX-linked thrombocytopenia (XLT)においても、年長児において自己免疫疾患やリンパ増殖疾患を 発症した例が報告されており、ここの症例において造血幹細胞移植の適応の有無が考慮されるべきである。 最軽症型で間欠的な血小板減少のみを示すintermittent XLT (IXLT) は症例が極めて少なく長期予後が 不明のため、造血幹細胞移植適応の是非について現段階では判断できない。
本邦においては、日本小児血液学会骨髄移植委員会に登録され、1985.1~2004.12に造血幹細胞移植が 行われた57人のWAS患者についての成績が報告されている(1)。 主な結果として、全体としての成績は5-year survival rateは73.7%、5-year failure-free survival rateは 65.7%であり、HLA一致非血縁ドナーの成績がHLA一致血縁ドナーの成績に匹敵していた。 前処置ではbusulfanを主体とした方法で成績がよく、生存に関する不良因子はHLA不一致血縁ドナー、 移植時年齢が5歳以上であった。

このガイドラインは日本における上記報告と海外の文献を参考にし、EBMT/ESIDのガイドラインをもとに、 厚生労働省「原発性免疫不全症候群に関する調査研究」班ワーキンググループでの検討により作成された。 EBMT/ESIDのガイドラインにおいても、これはあくまで「ガイドライン」であり、「プロトコール」とするには、 ガイドラインの定期的な見直し作業が必要であり、またガイドラインの使用の際にも患者の状態による 微調整が必要であること、経験ある施設で行うことが望ましいことが明記されている。
日本においても、前方視的観察研究を行うため、このガイドラインに基づいた移植を行う場合には、下記連絡先へ一報を入れていただきたい。

厚生労働省研究班会議 WAS-SCTワーキンググループ
有賀 正 (北海道大学   小児科)
Tel: 011-706-5954 Fax: 011-706-7898
E-mail: mail


2.診断
年長児では特徴的な臨床症状、検査所見を示すが、乳児期では典型的な異常を示さない事もありWASの診断は必ずしも容易ではない。 そのため乳児期から慢性のITPとしてフォローされていた症例も散見される。血小板サイズの小さい血小板減少症を示す男児において 本疾患を疑う事が早期診断に繋がる。本疾患を疑った場合にはPrimary Immunodeficiency Database in Japan (PIDJ: http://pidj.rcai.riken.jp/medical.html) から 患者相談フォームを用いて厚生労働省研究班会議施設に相談依頼すると、相談施設の責任医師より返信があり、 以下は "患者相談方法" の手順でWASP遺伝子解析が行われる。また、迅速診断法としてWASP遺伝子産物である細胞質内分子 ;WASPのフローサイトメトリー法を用いた発現解析も可能である。移植後のキメリズムの正確な評価のためにも移植前の解析は重要であるので、 責任医師にご相談頂きたい。

3.適応とドナーの選択
WASは予後不良の原発性免疫不全症であり、造血幹細胞移植の適応疾患である。
診断が確定し、次のドナーが得られる場合、感染のコントロールをした上で可及的早期に造血幹細胞移植を行う。
a. HLA一致血縁骨髄ドナー
b. HLA一致非血縁骨髄ドナー
c. HLA一致血縁臍帯血ドナー
d. HLA一致非血縁臍帯血ドナー
これらが得られない場合、HLA不一致血縁ドナーも検討するが成績はよくないため現時点では推奨しない。

4.造血幹細胞移植方法
a. 新規診断症例に対する移植実施までの感染予防
 ニューモシスティス肺炎に対する予防:ST合剤(バクタ)予防量
 静注用ガンマグロブリン補充 (IVIG):多糖体抗原に対する抗体欠乏があるため、血清IgG
 値にかかわらず定期的投与(2-4週間)が勧められる。

b. ドナー検索:血縁者(同胞、両親など)、骨髄バンク、臍帯血バンク

c 前処置:
近年移植技術の進歩により、骨髄非破壊的前処置による造血幹細胞移植; reduced-intensity stem cell transplantation (RIST)が積極的に行われる傾向に あり、原発性免疫不全症においても短期的・長期的な副作用を極力減らすために 検討されている。 しかし、WASにおいてはbusulfanを含む骨髄破壊的前処置を施行した場合にも拒絶を きたしたり、混合キメラになったりする割合が有意に高いこと(2, 3)、最近の ヨーロッパでの後方視的研究で、混合キメラの例では移植後自己免疫疾患の合併頻度が 有意に高くなることが報告されている(4)。したがって、完全キメラにするには十分な 骨髄破壊的前処置が必要で、現時点ではbusulfan + cyclophosphamide (BU + CY)が 基本と考える。ATG併用の有効性は証明されておらずoptionalである。
 busulfan: 0.8~1.2 mg/kg/2時間点滴静注x 4/日x 4日間 (day -9~day -6)
 静注用busulfan製剤、ブスルフェクスを使用する。
 投与量は体重により異なる。
  <9 kg: 1.0 mg/kg, 9~16 kg: 1.2 mg/kg, 16~23 kg: 1.1 mg/kg,
  23~34 kg: 0.95 mg/kg, >34 kg: 0.8 mg/kg
  またはマブリン内服:4 mg/kg/day 分4 x 4日間
  この際busulfan血中濃度を測定し、至適濃度になるよう投与量を調整することが望ましい。
 cyclophosphamide: 50 mg/kg x1/日x 4日間 (day -5~day -2)

d. GVHD予防:CsA + short MTX, FK506 + short MTX, CsA + mPSLなどドナーに応じて各 施設で選択する。

e. その他:
  造血回復後、早期にCMV抗原血症が出現する症例もあり、注意を要する。
  溶血性貧血などの自己免疫病態に留意する。
  脾摘は移植後の重症感染症の頻度を高めることから、できる限り避けることが望ましい。

f. 移植後の評価
キメリズム解析フローサイトメトリー法を用いた細胞質内WASP解析 (3);細胞リネージごとの評価も
異性間FISH法、STR-PCR法
免疫機能検査 リンパ球表面マーカー検査、血清免疫グロブリン値(IgEも)、リンパ球幼若化検査(PHA, ConA, 抗CD3抗体)
血算 白血球数(血液像)、赤血球数、Hb、Ht、血小板数(平均容積)、網赤血球数
ウイルス検査 CMV、EBV、Adenovirus
晩期副作用の評価二次性癌、成長障害、内分泌障害、不妊

5.課題
本ガイドラインは定期的な見直しが必要であり、特に下記に示す点が今後の課題である。
a. 移植の適応:XLT、特にI-XLTにおける適応基準
b. 移植の時期:特に超早期診断例
c. 前処置の方法:新生児~乳児期の症例、5才以上の症例、自己免疫疾患・悪性疾患合併例
d. RISTの可能性の検討(適応、最適な前処置法など)
e. GVHD予防法の検討(ドナー、前処置別の対応など)
f. 移植後自己免疫疾患の予防・治療法の検討
g. 生着不全例に対する治療法


6.文献
1. Kobayashi R, Ariga T, Nonoyama S, Kanegane H, Tsuchiya S, Morio T, Yabe H, Nagatoshi Y, Kawa K, Tabuchi K, Tsuchida M, Miyawaki T, Kato S. Outcome in patients with Wiskott-Aldrich syndrome following stem cell transplantation: an analysis of 57 patients in Japan. Br J Haematol. 135:362-366, 2006

2. Griffith LM, Cowan MJ, Kohn DB, Notarangelo LD, Puck JM, Schultz KR, Buckley RH, Eapen M, Kamani NR, O'Reilly RJ, Parkman R, Roifman CM, Sullivan KE, Filipovich AH, Fleisher TA, Shearer WT. Allogeneic hematopoietic cell transplantation for primary immune deficiency diseases: Current status and critical needs. J Allergy Clin Immunol. 122:1087-1096, 2008

3. Yamaguchi K, Ariga T, Yamada M, Nelson DL, Kobayashi R, Kobayashi C, Noguchi Y, Ito Y, Katamura K, Nagatoshi Y, Kondo S, Katoh H, Sakiyama Y. Mixed chimera status of 12 patients with Wiskott-Aldrich syndrome (WAS) after hematopoietic stem cell transplantation: evaluation by flow cytometric analysis of intracellular WAS protein expression. Blood.100:1208-1214, 2002

4. Ozsahin H, Cavazzana-Calvo M, Notarangelo LD, Schulz A, Thrasher AJ, Mazzolari E, Slatter MA, Le Deist F, Blanche S, Veys P, Fasth A, Bredius R, Sedlacek P, Wulffraat N, Ortega J, Heilmann C, O'Meara A, Wachowiak J, Kalwak K, Matthes-Martin S, Gungor T, Ikinciogullari A, Landais P, Cant AJ, Friedrich W, Fischer A. Long-term outcome following hematopoietic stem-cell transplantation in Wiskott-Aldrich syndrome: collaborative study of the European Society for Immunodeficiencies and European Group for Blood and Marrow Transplantation. Blood. 111:439-445, 2008